教科書改善の会

改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会(代表世話人・屋山太郎)

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【報告】再発見「ものづくり、手しごと」の凄さ、素晴らしさ  ~「日本の底力―匠の技と伝統の心」シンポジウム

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 10月31日(日)、東京・東商ホールにおいて第5回日本文明論シンポジウム「日本の底力-匠の技と伝統の心」(主催:教科書改善の会、共催:一般財団法人日本教育再生機構)が開催され、約300名が参加しました。

 日本の「ものづくり」の技術の高さ、「手しごと」の匠の技を支える精神の高さ。
 歴史と伝統のなかで、それはどのようにして生まれ、今まで守り伝えられてきたのか?

 全国で式年遷宮の講演を行っている河合真如氏(神宮司庁広報室次長)、『木のいのち木のこころ』(西岡常一・小川三夫氏との共著)で著名な塩野米松氏(作家)、『千年働いてきました』の著者・野村進氏(ジャーナリスト・拓殖大学教授)、3200を超える中小企業・町工場を回った橋本久義氏(政策研究大学院大学教授)といった方々により、現在の「技術立国ニッポン」を支えている日本の伝統的な技と心について、縦横無尽に語っていただきました(コーディネータ―伊藤隆東京大学名誉教授、育鵬社歴史教科書編集会議座長)。
 以下、内容を簡潔にお伝えします。

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■ 主催者あいさつ
屋山太郎 氏(政治評論家。教科書改善の会代表世話人)

 私は37年前に「日教組解体論」を『文藝春秋』誌に書いたが、未だに日教組教育がはびこっている。そういう「贋物」とは違う「本物の教育」を身につけるべきだ。
 頭の中でこしらえたものは伝承しない。だから職人の技には理論がない。
 「カン」や「コツ」と呼んでいるように、彼らは理屈とは違うかたちで文明の本質を受け継いできた。
 こうした古いもの、伝統のあるもの、日本の精神は、今はバラバラにされているが、いつか日本人がそれに目覚めるときが来る。
 これを青少年に伝える教科書を作ることに、私は喜びを感じている。



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■ 河合真如 氏(神宮司庁広報室次長)
「神宮の式年遷宮にみる日本文明の特質」

 約二千年の歴史を持つ神宮(伊勢神宮)では、年間約1500回の祭祀が行われ、毎日、神様へのお祭りが行われないという日はない。
 神様へのお供え物は、自給自足を原則としており、略奪したものや適当に調達してきたものではいけない。真心を込めて作り続けてきたものを捧げるのが、神宮のお祭りである。
 日本人は米を作ることで文化をつくってきたが、米作りには水が必要であり、水を使うには山を管理しなければならない。また、田畑は山の水でつくられ、海に入ればミネラルと合わさって魚介類を育んでいく。
 こうした循環によって山と川と海は結ばれている。
 そして人はお祭りを続けることで、この循環を守り、環境を保全し、食文化を確立してきた。
 
 神宮では、今も神話さながらのお祭りが行われ、米作りも神業(かみわざ)の一つだと考えられてきた。
 尊いものは神様が与えてくれたものであり、米作りは天上で神様が行うことと同じ尊いものをこの地上で再現していくことであった。
 日本人は西洋のように労働を「原罪」のようには考えない。
 また単に物を作るというのでもない。
 神に捧げるものには「手を抜いてはならない」という勤労の精神とかたちがここにある。

 1300年の歴史を持つ「式年遷宮」の「式年」とは20年の定めのことで、神宮の神主は、毎年、奥深い山に入って木を植え続ける儀式を行っている。
 遷宮で使う樹木を植え続け、繰り返し作っていく営みを続けていくこと。
 それは古代の心とともに全てを一新し、繰り返していくことであり、
 未来永劫、永遠に通じる美しい魂をもってその命をつないでいくことである。
 式年遷宮とは、こうした循環型文化のシンボルであり、日本のお祭りの象徴といえるものである。



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■ 塩野米松 氏(作家)
テーマ:「宮大工が伝えてきた匠の技と日本の心」

 宮大工は、言葉では教えない。西岡常一さんのお祖父さんは、西岡さんを現場に置いておくだけだった。
 子供のときから西岡さんを職人の仕事場に通わせて、耳に入ってくる釘を打つ音や動作を黙って見せていた。
 すると、上手な人の鋸の音や身体の動きがしぜんと身体に染み込んでいく。
 身体で覚えることが職人の基礎であって、人間が長い時間をかけた「伝統」や「技」が言葉でくみ取れるとは考えてこなかった。
 普通は、労働してお金を稼ぐことを「仕事」と考えるが、しかし宮大工は「仕える」ことが自分の宿命だと考えている。
 樹齢千年の木を使うのなら、千年は建物を持たせなければならない。
 そのためには、必要最低限の時間の努力とか、素材を使うというのでは千年は持たない。
 まず、神仏を崇める心をもつこと。
 そして、一本一本の木の「クセ」を見極めて事に当たらなければならない。
 修行というのは、例えば、真っ平な壁を作るのに、弟子が定規を当てて「真っ平です」と答えたら、親方から叱られる。
 大きな面積を平らにすると真ん中が少し凹んで見えるから、少しだけ真ん中を膨らまさないと平らにならない。
 この微妙な膨らみ加減は、身体で覚えなければならない。
 すぐには身につかないから、親方から「そうじゃないだろう。違うだろう」と、何度も叱られながら覚えていくしかない。
 徒弟制度というのは、覚える側が親方の持っている技と感覚を身体に引き写していくことだった。
 そのために、身体を作ること、身体に記憶させて、指先に感覚を伝えていくこと。
 これが人から人へと伝えていく唯一の方法だった。
 飛鳥時代の昔から今に至るまで、こうした記憶と感覚の「技の世界」が日本の文化の基礎をなしていることを、私は職人さんたちに会ってつくづく感じている。



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■ 野村進 氏(ジャーナリスト・拓殖大学教授)
テーマ:「老舗大国ニッポンの企業存続の秘訣」

 200年以上続いている老舗企業は、日本は3000社があるが、韓国はゼロ、中国は9社、インドは3社しかない。
 世界で200年続いている老舗は7000ほどあるといわれ、そのうち日本は3000に上り、ずば抜けて多い。
 また100年以上続いている企業や個人商店は、日本に10万以上がある。
 そのうち4万5000が製造業に関係しており、「ものづくり」の会社や商店である。
 ここに日本の大きな特徴がある。
 携帯電話の「折り曲げ部分」を開発した京都の会社は、元は金粉や金箔を作っていた会社であり、携帯電話には100年以上続く老舗の技術が詰め込まれている。
 一番古いと思われている老舗が、一番新しい部門に進出している。
 他にも、電磁波シールド、着信のバイブレーション機能、人工水晶発振機などがあり、この人工水晶発振機の老舗の会社が部品を作るのを止めてしまうと、世界の携帯が全てストップしてしまうと言われている。
 では、なぜ、日本で老舗が続いているのか?
 まず、過酷な侵略や内戦に見舞われたことがなかったことがある。
 植民地支配や血で血を洗う内戦が続いた国には、韓国のように老舗が残らない。
 二番目に、日本には何かを続けることを美徳とする価値観がある。
 三番目に、「ものづくり」を尊ぶ伝統がある。
 韓国や中国の貴族や大名が自分で物をつくるといくことは考えられない。
 それは下賤な者の仕事とされるが、しかし日本では大名が自分で料理を作ったり、刀を打ったり、ものづくりに熱中しており、自分の手を汚すことに抵抗がない。
 元は農民なのだから支配階級になっても自分の手で作ることを止めない。
 こうした日本の老舗に共通する特徴には、「適応力」、「許容力」、「本業力」の三つがある。
 「適応力」は、老舗が最先端部門の携帯電話に数多く関わっていることからもわかる。
 「許容力」は、日本以外の世界の老舗は、血族最優先が普通で、だいたい長男が経営を受け継いでいる。
 しかし、日本は「婿取り」のように他人の血を受け入れる「許容力」がある。
 大阪の船場には「息子は選べないが、婿は選べる」ということわざもある。
 最後に、「本業力」であるが、さきほど述べた携帯電話の折り曲げ部分を作る企業は、今でも金箔の技術を残しており、本業をやめることなく、今も本業の延長線上で経営を行っている。
 これらは日本の「ものづくり」文化の特徴をよく表している。
 世界に発信できる文化ではないかと私は考えている。



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■ 橋本久義 氏(政策研究大学院大学教授)
テーマ:「日本が世界に誇る町工場の技術力」

 通産省の役人時代から23年、3221の町工場や中小企業を回ってきたが、中小企業の社長はじつに魅力的だ。これが大企業や有名企業ならば、優秀な人材や良い注文が勝手に集まるだろうが、しかし、わざわざ町工場に入りたくて入った従業員などいない。
 だから中小企業は、社長に人徳・魅力がなければ成り立たない。
「立派な製品を作ろう」「日本一の会社にしよう」。人を説得しないではおかない情熱と迫力。
これがなければ従業員が定着するはずがない。
 たった30人、いや5人しかいない会社でも、その生産プロセスをよく見ると「これは」とポンと膝を叩きたくなるほど「芸が細かい」工夫がたくさんある。
 世間で言われるより日本の中小企業はよっぽど強い。
 麻雀に例えれば日本は「負けない麻雀」をやる。アメリカは負けが込むと頭に血が上って「こんな麻雀やってられるか」と机をひっくり返す(笑)。
「え、こんな会社に」というところに身売りする。
 そこはヨーロッパの国はしぶとい。しかし大体が天候が悪いように基本的に鬱の傾向がある(笑)。このため「縮小均衡」になり、高い技術は残るけれども「いざ」というときに供給能力がない。アジアの国は、大した根拠もないのに「ノープロブレム」で押し通して、後で問題を起こす(笑)。
 そこへ行くと日本は勝っても負けても「麻雀一筋」。勝つまで絶対止めない(笑)。
 だから気がついたら「日本だけが残った」ということになる。
 かつて、アメリカにカメラの会社は150もあり、日本は18社しかなかった。
 それが「日米カメラ大戦争」の2年間でアメリカは2社だけになり、その2社も最近つぶれた。
 日本は18社のうち1社もつぶれていない。
 今も人件費13分の1の中国に対抗できる世界で唯一の国だ。
 インドの20万円台のクルマには日本の部品が山のように使われている。

 それに日本の工場は、学校教育が放棄した人格教育をきちんとやってきた。
 川口の鋳物工場に入った元暴走族は、入社3年も経ったら「最近の若い奴らは…」なんて言いだす(笑)。
かつて不況のとき、「みんな困っているじゃないか。とにかく売りに来れば買ってやれ」と買い続けた会社があった。
 それが後で周りの業績が回復すると、「あの時に買ってくれた、あの会社にだけは絶対供給するんだ」
となって一緒に頑張ることになる。
 だから町工場とはそういう教育の場であった。
 それが、マスコミの変な風潮に煽られて、安いところや中国から買えばいい、いやそうすべきだと思い込んでしまって、いま町工場の気風が失われつつあるのは、
私は本当に悲しいことだと思っている。



 ■ 全体討論

河合真如氏:
 「匠」の字は、神様の道具を「斤(おの)」で作っていくことを表し、「工場」の「工」は、天と地の間に人が立っていることを示している。
 5円玉には、瑞穂の国の象徴である稲穂、下の方に水産業、真ん中に歯車がある。
 これらは「天地に感謝」して「物を作り、育てる」というなかで日本の文化ができてきたことを象徴的に示している。

塩野米松氏:
 中国の上海大学の学生と議論したとき、彼らは、職人とは手を汚し、文化が低く、物は作れるが芸術性がないと言っていた。
 しかし日本では「匠」は尊敬される。美しくて機能的な物を作り、時間の経過に耐えるもの、誇りを持てるものを作ることに日本人は悦びを感じる。
 ものごとは長年の蓄積や経験の積み重ねで出来ているから、
一人の時間でやれることはたかが知れており、限界がある。
 現代人の頭の中だけで作って考えて、長年の経験を否定するというのはおかしい、と中国の学生に話したことがある。
 これが日中の「匠」の考え方の違いであり、日本の「特性」といえるだろう。

野村進氏:
 日本の商家の家訓には「本業重視」や「分相応」、つまり拡大への警戒を説くものが多い。
 バブル全盛のころ「家訓」に反して株や土地の投機に走った老舗は、軒並みつぶれた。
 しかし家訓を守って本業に専念した企業は生き残った。だから「家訓」には深い意味がある。
 有名な近江商人の「三方よし」の家訓は「売り手よし、買い手よし、世間よし」であるが、これは「世間」で「よし」認められないような仕事や職業はやっていけないということだ。
そういう「パブリック」な概念や倫理が入っていることは注目すべきだ。

橋本久義氏:
 日本の本当の強さは、何の技術もない人が、凄い会社やメーカーになれるということだ。発注すればきちんとした図面になり、きちんとした商品が、きちんと納期に出来上がってくる。
 いちど注文を受けたら「やっぱり出来ませんでした」となることは日本では絶対にない。
 それどころか、どうやったら安く早く作れるか工夫までしてくれる。こんな楽なことはない。
 しかし発展途上国ではそうはいかない。だから当たり前のものを当たり前に作れるのが日本企業の本当の強みであり、日本以外ではまだまだ難しい状況がある。



■質疑応答(代表例の要点のみ)

【質問】:日本の匠の技や心は、どこから生まれたのか?
【塩野氏】:縄文時代以来のものづくりの心を受け継いでいるようだ。
 とくに身体を使うことで人の潜在能力が発揮されること。
 こういう言葉以前のものが我々の中にしっかり記憶されているというのは、長い歴史や伝統が前提になっていなければできることではない。
【野村氏】:日本の「もの作り」のルーツは、縄文時代にあるといわれている。
「土器作り」「舟」「漆塗り」などは、現代のセラミック技術、造船業、漆産業というように、全てが日本に残っている。しかもセラミック技術などは最先端分野を走っている。

【質問】:なぜ日本に老舗が多くて、他の国では少ないのか?
【野村氏】:侵略された時間が長ければ長いほど、社会から「信頼感」が失われる。
 池袋の中国人の「新華僑」が「日本人の方が信頼できる」と言っている。
 これはお世辞ではない。彼らは「不信の国」から来た人々であり、日本には独特の「信頼感」が社会の底流に息づいていることをよく知っている。
 また、日本は天皇が田植えをされるように手を汚すことを厭わないが、中国の皇帝が畑仕事をするとは想像もできない(笑)。
 「ものづくり」への意識が根本的に違うのだろう。

【質問】:中小零細企業で若者の定着率が悪いのを、どうすればよいのか?
【橋本氏】:人集めは確かに大変だが、町工場に入れば暴走族上がりでも三年で
「今の若いものは…」と言いだす(笑)。だからマスコミが「日本の中小企業はダメだ、ダメだ」というから自信をなくすのであって、中小企業の実力をきちんと伝えればそれほど問題はない。
 福田恒存先生の言葉であるが、人は生産することを通してつながることができる。
 しかし享楽は人を孤独にさせる。
 だから「ものづくり」から離れる方が良いんだとか、
ラクして儲けるほうが得だとかいうような考えは、そもそも馬鹿げていると思う。
【塩野氏】:東大寺の南大門の柱はとても抱きつけないほど太いが、あるとき修学旅行に来ていた茶髪の学生が柱に抱きついていた。
 これを見た棟梁の小川三夫さんは、「あいつだな。ウチ(の会社)に欲しいのは」と言っていた。
 つまり職人に学校の知識なんて要らないし、かえってマイナスになる。
 むしろこれを「凄い」と思える感性や心から尊敬できる精神が一番大事になる。
 だから今や宮大工になるのは東大に入るより難しくなっている。

(了)

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